新米ミュージシャンのパラドックス

昨日ですね、ありがたいことに、Namaste Time!という、
インド音楽のイベントに出演者として参加させていただきまして。
イベントの様子としてはこんな感じだったんですけども。

叩いていた楽器はカンジーラと申しまして、
まあ「ちっちゃいけど凄い奴」です。
厳密には、楽器自体が凄いというより、この楽器を極めた人が凄いのですが。
そして私はその域を目指してぼちぼち努力しているのですが。

で、一夜明けて今日、カンジーラを叩いてみましたら、
前より断然うまくなってるんですね。自分で言うのもなんですが。
「前より」ってのは、イベント直前より、ということです。
人前で演奏して、かつ人に教えたことによって、結構音って変わるもんだなあ、と思いました。
どっちがより影響しているのかわかりませんが。

で、ここで思ったんですよ。
もし人前で演奏することによってうまくなるとしたら、
もっとライブに出ていきたいなあと。
しかしそうすると、ひとつのパラドックスにぶち当たるような気がせんでもないんですね。
半分冗談みたいなパラドックスではあるんですが。

もし、「人前で演奏することによって、演奏レベルが向上する」のであれば、
既に活躍しているミュージシャンは、ライブ回数が多いのですから、
ますますうまくなっていくはずです。
そして、「うまいミュージシャンの方がライブに呼ばれやすい」。
これはまあ普通に考えてそうでして、特にギャラがあんまりはっきりしてない世界では、
どうせ呼ぶならうまい人を呼ぼう、ってなことになります。

新米ミュージシャンは、
「ライブにあまり出ていないのでレベルはあまり向上せず、
 あまりうまくないので、ライブにも呼ばれない。
 ライブに呼ばれないので、ますます成長の機会が少ない。
 つまり永遠に新米ミュージシャンは誕生しない」
ということになりはしないか?

もちろん現実にこんなことは起きません。
が、しかし、これが全くの絵空事かというと、そんなことも無いんですよね。
これに近いことはちょっと起きてるような気がする。
音楽でも、芸能界でも。社会全体としても起きていると思います。

まず、1番目の「人前で演奏することによって、演奏レベルが向上する」ですが、
せめてもの救いは「のみ」がつかないことです。
すなわち、練習によっても演奏レベルが向上できる。これは大きな救いです。

ただ、実感としては、ひとりで練習してても上がるレベルって限界があるような気がします。
より正確には、「ひとりで上げられるステータス」と「人前で演奏しないと上がらないステータス」があって、
練習しているだけでは、いっこうに後者のステータスが上がらんのです。

2番目。「うまいミュージシャンの方がライブに呼ばれやすい」。
これを1つめの法則と結びつけて考えると、
「ライブにたくさん出ている人は、よりライブ機会が多くなる」。
これはあながち間違っていないと思います。
1回ライブをするたびに、共演者、場所を貸してくれた人、聴きに来てくれたお客さん、
などなど、さまざまな人とのつながりができます。あるいは強くなります。
そことのつながりで、「今度うちでもライブやってくださいよ」「また演奏しましょう」など、
演奏のチャンスは広がっていきます。
そうなると、ライブをやってる人は、よりライブのチャンスが多いことになる。

書いててなんかあながち間違ってない気がしてきて、
若干落ち込んできたんですが、これにもまあ例外はあります。
たとえばご厚意で新米をライブに呼んでいただく場合、
たとえば新米が押しが強くて、自らライブをやっちゃう場合。
そういう場合は少なくとも1回はライブができます。

ただ、そのライブが次のライブにつながるかというと、正直微妙です。
そこで、「おっ、あの新人いいねえ」ということになるのかどうか。
なったとしても、それでライブが開けるようになるのかどうか。

少なくとも、新米の段階では、向こうからお声がかかる、ということは、
100にひとつぐらいの可能性といっていいでしょう。
呼びたいと思うほどの動機と実績がないので。

じゃあ新米ミュージシャンはみな営業力を持つべきなのか、というと、
それもなんだかなあ、と思います。
音楽力を伸ばすのが本来の目的であって、営業力はちがうだろうと。

あるいはもしそうだとすれば、「ミュージシャン」という肩書ではなく、
別の肩書で呼ぶべきだと思います。「音楽イベントプロデューサー」的な。
で、ミュージシャンというものはその両方をやらなきゃいけないんだよ、
ということがもっと周知されるべきであって。

ちなみに、今まで書いてきた「ミュージシャン」を
「イラストレーター」とか「行政書士」とか「コピーライター」に、
「ライブ」を「仕事」に置き換えると、そのまま社会でも成り立ちます。

で、僕は基本的に営業力のないミュージシャンなので(言ってて恥ずかしいですが)、
ライブをやるためには、何か別の方法を考えないといけない。
それがなんなんだろう、って話なんですけどねえ。

ありうるのは、「ミュージシャン」という軸とはまったく別のミュージシャンとして
活躍するということであって、それは果たしてミュージシャンなのか、
という疑問がありますが、そういうとこですかねえ。
そういう活動を通してつながりができたらいいんですけど。

ただ、本当のことを言うと、「人脈」という発想が僕は嫌いなので、
あんまり「つながりを作るために」とかいうことはやりたくないです。
目的を追求していったら自然とつながりができた、みたいなのがいいと思っているので。
だから営業力がないのかな、と思いますが。

長くなったのでまた次回考えます。では。

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