努力論2

努力とか苦労とかには、それをするだけの動機が必要です。
ここでいう「努力」「苦労」というのは、
「すごく先の『やりたいこと(目標)』のために、
 一時的にやりたくないことをすること」だととらえています。
例えば僕の楽器練習は努力でも苦労でもありません。
ただの快感です。めしを食うとかゲームをするのと同じ行為です。

あ、苦労には動機が必要と書きましたが、
もしかしたら、その動機のつくり方が下手なのかもしれません。私は。

例えば、他人を巻き込んで動機をつくる、ってことを全然やっていない。
「あの人が待ってるから」「楽しみにしてくれているから」
という理由で動けることは、たまにしかない。

で、やっぱりそういう動機ってのは強くて、
それで動いたものは何かしらやりとげているし、
途中で「努力」「苦労」らしきものもしてますね。

でも、それをやってた時、自分が「苦労」してたかっていうと、
そういうふうにも感じてないですね。
やらなあかんからやるという感じで。
気の進まないことをやったことは、一度もないと思います。

そうかあ。つまり、1人で行動することのデメリットは
そこにあったのか。「モチベーションが作りにくい」。
作家っていうのも、編集者がいるから書けるのかもしれませんね。

むしろ、私は1人で行動してる方としては
よくやっているのかもしれません。自画自賛で気持ち悪いですが。
ただ、それとチームで行動している人を比べた時に、
やっぱり動機の強さでは負けてしまうのかもしれません。

で、チームの仲がよい、思い入れが強ければ強いほど、
「やらなきゃ」というモチベーションは高まる。
あー、そういうことを見越しての「飲ミュニケーション」という文化があるのか。
社内で仲がよくなることは、仕事のやる気にもつながると。
今の若い人はそういうのを嫌がるといいますが、
実はそれは労働意欲を減退させているのかもしれません。

ただ、人に頼ったモチベーションの上げ方には
もちろんリスクがあって、「うかつに失敗できない」ということがあります。
それは仕事に対するいい緊張感にもなりますが、
失敗した時のダメ―ジは、1人よりでかいと思います。

で、そうそう、それゆえに私は「他人を巻き込む」のが怖いんですね。
複数人でひとつのことをやるというのは、よっぽど相手の同意ができない。
押しの強い営業みたいなことができなかったのは、こういう理由か。
そういうことだったのか。池上彰ばりの「そうだったのか!」です。

ここまでわかったことを整理しますと、
「他人を巻き込んでプロジェクトを動かせない」→
「モチベーションがそこまで強くならない」→「努力や苦労はできない」
という話になりました。さあどうしよう。

そもそもまあ、努力のために努力、苦労のために苦労をすることが
おかしいわけで、必要無いならせんでもええはずなんですよ。
だから、面接で聞かれた時は、堂々と
「私は努力も苦労もしたことがありません」と開き直ればよい。
そのあとで「いや、というのもですね」と今まで書いた内容を
短くまとめて話せばよい。そういうことにいたしましょう。

それでもまあ、例えば楽器の練習なんかはハタから見て
「努力」に見えなくはないですから、それは言ってもよいかもね。

というかそうそう、ハタから見ると「努力」だけど
本人にとっては努力でもなんでもないってことはあって、
そういうことをアピールしていくのはよいかもね。
それは自分ではなかなか気づかんので、まわりに聞いてみるしかないでしょう。

努力論はここまでにして、次は今回の文章で見えてきた、
「他人を巻き込めないこと」に関して考えたいと思います。
アディオス。

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