音楽批評の難しさ

さっきちょっとZarbukkaの更新をしたんですが、
書いててやっぱり、音楽を批評するというのはつくづく難しいなあと、
そう思いました。今日はそのことについて。

音楽の感想を述べるのは簡単なんですよ。
「すげえ」でも「かっこいい」でも「うまい」でもなんでもよくて。
何も思わなかったとしても、「何も伝わってこなかった」と書けばいいですし。

問題は、「批評」という形をとる以上、
ある程度の客観性、もしくは普遍性がないといけない。
そこをどう担保するのか、ということです。

でも、客観的な事実をただ述べるのは、そこまで難しくないんです。
「9拍子ですね」「音数が多いですね」「短調ですね」など。
これはよーく聴けばわかることなんで、多少の努力は要しますが、
耳が慣れてきたらだいぶ簡単です。
あと、「アラブらしい音階です」とか「80年代っぽいビートです」とかも、
まあわかる人にはわかるので、客観的な事実といえば事実です。

逆に言うと、読者のレベルが高い場合、
そんなことを書いてもしかたないかもしれない。
そこがZarbukkaを書いてて難しいところです。
来る人は中東打楽器に詳しい人が多いと思うので。

まあ、そもそも多様な読者を想定しなければならない、
というとこも難しさの一端ではあるのですが。

結局、読んだ人に何か得るものがあってほしい、というのが、
すべての文章の目的ですから、そこをゴールにして考える必要があります。

自分が読んでておもしろい音楽批評をふりかえってみると、
「そういう見方もあったのか!」と、
自分の主観以外の見方に気づかされるのが、よい音楽批評だなあと思います。
音楽批評に限らず、おもしろい本というのはたいがい、
新たな見方を提示してくれるものですが。そこを目指したい。

で、「新しい見方」というのは、
主観(解釈)と客観(事実)の両方を用いないといけない。
片方だけでは「勝手な思い込み」か「ただの雑学」になってしまいます。
しかも、それらが別々に提示されるのではなく、
密接につながっていないといけない。
「このことを知っていると、この曲はこう見えてくる」というようなことを、
言ってこその音楽批評ではないかなと。

ちょっとあんまりうまくまとまりませんが、
優れた音楽批評をもうちょっと読んでみようと思います。
音楽批評に関しては、それだけで1冊本が書けるほどなので、
ここで素人が考えているだけで分かることには限界がありますし。

まあでも、音楽とか映画とか小説とか、
主観的なものって特に批評が難しいですね。
パソコンのスペックを紹介するのとはわけが違いますから。
逆に言うと、主観的だからこそ批評が発展するのかもしれません。

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