情報は無料ではない

昔mixiで書いた文章が、今読み直してみると、
けっこういいこと言ってるなあと思ったので、再掲。
思考ってかならずしも進歩するもんじゃないんですね。
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情報という財の特殊性については多くの人が論じてきましたが、
「情報はコピーできる」「情報には物質的制約がない」ということを
ほとんどの人が言っているので、いつの間にか
「情報というのは無料で手に入るものだ」みたいに思ってました。
それはある意味では正しくて、
Youtube上で好きな音楽を無料で聴くことができるし、
図書館に行けば読みたい本はだいたい読めるわけです。
ニュースだって新聞を買わなくてもネット上で読めるし、
むしろネットには大手メディアが取り上げない情報が載っている。
そう思うと、たしかに「無料」ではあるんです。

しかし、本当の意味で「無料」ではない。
情報を得ようと思ったら、「摂取」しなくてはならない。
文章なら読まなければならないし、音楽なら聴かなくてはならない。
たとえどんなにすばらしい検索エンジンが生まれたとして、
その人が欲しい情報はどんなものでもぴったり表示できるとしても、
その表示されたページを「その人が」読まねばならない。
その時間と労力はたとえどれだけ頑張っても、避けることができない。
最終的にどうあがいても無くすことのできないコスト、
それが「情報を摂取するための時間と労力」です。

言われてみればこれは非常に当たり前のことであって、
何も新しい発見ではないんですが、でもこのことが結構忘れられている。
「情報」を物質的財産や金銭と同じもののように見なして、
「持っているだけで価値があるもの」だと思ってしまっている。

そもそも、情報というのは「所有状態」が存在しないものだと思います。
たとえば、自分がカレールーとじゃがいもとにんじんと鍋、コンロその他諸々を
持っているとして、それは持っているだけで価値を所有していることになります。
それらは交換可能であり、金銭に換えることができる。
そして、それらは「消費」ないし「使用」することができる。

ところが、「情報」というのは「所有」できるものでもないんですね。
排他的な所有が成立しない。擬似的に排他的所有に見えるものがありますが、
それはあくまで擬制上のものだと思います。
たとえば特許なんかは「情報を所有」しているように見えますが、
あれは「権利を所有している」と見たほうが捉え方として正確なのではないかと思います。
その特許のどういうところがすごいのか、というのは、見ればわかるわけで。
「権利」を購入しているからこそ、特許料(特許維持費用)というものが存在すると思いますし、
特許権自体が売買の対象にもなりうるのではないかと思います。
あんまり知的財産法についてちゃんと勉強してないんで、少しいい加減なところはありますが。

話を知的財産からもとに戻しますと、
「情報は独占的所有が成り立たない」ということでした。
そしてここから出てくる結論として、
「情報交換というものはありえず、情報共有のみが存在する」
という考え方が出てきます。
一度渡してしまったらそれを取り戻すことはできないし、
相手に渡したからといって自分の頭からその情報がなくなるわけではない。
これも当たり前のことですが。

交換の対象にならないということは、情報は金銭にならないということです。
というと、われわれの実感とは大きく反した結論が出てしまいます。
われわれは大学の授業にお金を払い、講演会でお金を払い、読書にお金を払っているのではないか?

しかし、ここでそもそも考えたんですが、
「もともと情報は無料のものである」というところから出発してみてもよいのではないか。
情報にいろんな権利がくっついてきているがゆえに有料として見えるのであり、
本来情報は無料で配布しうるものではないか。

情報をつくる側の視点からすると、情報を生産するのにはものすごく労力がいります。
取材費なり人件費なり印刷費なり、お金がなければやっていけないので、
その差異を埋めるためにお金が必要とされるのであり、情報そのものは無料ではないのか。

本当の意味で「情報を得るのにかかるコスト」は、
それを読み込む努力であり、そしてそれらにかかる時間のことをさしていると考えます。
そして、それゆえに「情報をたくさん持っている人」(物知り、インテリ、アイディアマンetc)と
「情報が少ない人」が出てくるのではなかろうかと。
ゆえに「情報」が「財産」のように見えるのではないかと。

「情報」は「財産」の中ではしいていえばお金に似ていて、
使わない限りまったく意味がないものです。
とはいえ、銀行に預けることや投資信託にまわすことができない、
という意味ではお金と違うのですけれど。
純粋な所有状態には意味がない。
情報にとっての純粋な所有状態は、もうすでに完成されています。
「アクセスしようと思えばいつでもアクセスできる状態」が
いわば「所有状態」に似たものとしてとらえられます。
そう考えればわれわれは大金持ちに等しいのですが、
でもそのうち使っているのはごくわずか、というような状況に
たとえることができます。あくまで比喩として。

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