定年をむかえた大学生

今日1日、ずーっと考えててわかったことがあるんですけど、
俺、定年退職後の老人と一緒なんですよ。生活が。
なぁーーーーーーーんにもすることがない。
ぬぬぬぁぁぁ~~~んにもない。
義務がない。宿題がない。仕事がない。目標がない。
なーーーーーーんにも、ない。
時間しか、ない。

特に、自分が老人そっくりだと思うのは、
「アルバイトができない」という制限をかけている点において。
ふつう大学生だったら、春休みアルバイトしてお金貯めますよ。
でもなぜか、自分はそこをタブーにしているから、
お金をかせげない。これは定年退職後の老人といっしょです。
入ってくるお金といえば、毎月もらえる小遣いだけなので、
まるで年金生活の老人と一緒です。

ということはですね、つまりね、
俺はもう第二の人生に入ってしまっているわけです。
するとね、この第二の人生ってのがね、
予想以上に悲しい。
よく、定年退職後の老人のあるべき生活として、
「趣味に没頭して悠々自適な暮らし」とか言うじゃない。
あんなもんウソですよ。
趣味にだけ没頭して、人間生きていられません。
趣味だけでは生きていけない。
それは「生活が」という意味ではなく、「人間として」生きていけない。
じゃあ、仕事があれば生きていけるか、っていうと、
そういう風にも思えない。「仕事」というくくりではない。
そもそもそんなバイタリティはない。

というわけで、大学生という定年老人に、
何が足りていないのかを、一度書き出してみました。
その結果は生々しいのでここでは書きませんが、
簡単に分けてしまうと
「お金があればなんとかなる問題」と
「お金以外が主要な原因の問題」の2つに分かれます。
比重としてはどちらも同じぐらい大事。

「お金があればなんとかなる問題」は、
預貯金を切り崩せば正直なんとかならんわけでもないんですが、
今度は「お金を使うことの罪悪感」というのが出てくる。
お金を手放すということは自由を手放すということですから、
それによって得られるものが果たしていかほどの価値があるのか、
ということは、買ってみなければわからない。となると怖い。
お金をかせぐ手段がない私(という前提も、実はおかしいのですが)
にとっては、お金でうかつに失敗できない。

「お金以外が主要な原因の問題」は、
これはまあ、言ってしまうと、社会とのかかわり、という問題です。
社会とかかわりたいけれど、どうかかわったらいいかわからない、
という性質の問題が、ほとんどを占めています。
そして、社会とのかかわり方を考えるために、
最近大量の本を読んでいますが、読むだけではたぶん、
単なる知識として蓄えられるだけだろうなぁ、という気もしています。
こちらもまた大変むずかしい問題で、
やっぱり「やってみないとわからない」領域が多いです。
想像以上に社会はやさしいものなのか、それともきびしいものなのか。

で、「やってみないとわからない」領域に踏み込もうと思ったら、
やっぱり「失敗のしかた」について考えておく必要があるんですね。
それは、柔道を始めるときにまず受け身のしかたを習うように、
何かを始めるときには、失敗のしかたを知っておかないといけない。

じゃあ、「失敗のしかた」ってどうやって身につくんだろう?
そもそも、「失敗のしかた」ってなんだろう?

ということを、明日、夜9時から、
失敗を一切したことがないオピノキと、
そこそこ失敗をしている(らしい)線形さんとで考えます。
あ、このブログを見て、私も失敗について一言物申したい、
という人がいれば、ラジオに喋りに来てください。場所は学森舎です。
いろんな意見を募集していますから。コメント待ってます。むしろよこせ。
ラジオ「今夜もみんなで弁証法」は、明日、夜9時からの放送です。

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