就活と神話

就活というのは、大学生が体験する中で、
もっとも説明がつけづらい。
なぜ自分が落ちてアイツが受かったのか、
なぜ面接の反応はよかったのに落ちたのか、
そういったことをいくら考えても分からない。
もしかしたら面接官は、あなたのネクタイの結び方が
いい加減なのを見て落としたのかもしれないし、
おじぎの角度が60度未満だったから落としたのかもしれない。
もちろん、そんな些細なことじゃなくて、
グループ討論で実際のデータをふまえた分析ができていないとか、
志望動機にウソ臭さが見え隠れするとか、そういったことで
落ちたのかもしれないし、
単に「なんとなく」かもしれない。

大学の試験はそんなことはない。
全部小論文だけだったら、ちょっと難しいけれど、
だいたいは「英語の点数が悪かった」とか「センター試験でミスをした」とか、
出てきた点数を見ればわかる。
われわれは大学まで、ずっとそのような試験を解いてきたし、
それこそが「試験」というものだ、と思って過ごしてきた。

で、大学3年生の冬になって、突然こう告げられる。
「選考の結果、残念ながらご希望に添えない結果となりました。
 今後のご活躍を心からお祈りしております。」
「なお、選考結果に関するお問合せには一切お答えすることができません。」

なんだこれは?

自分の経験では、「お祈りメール」をもらった時は、
まず一瞬「理解できない」状態があって、そのあと1秒ぐらいして
「あ、落ちたのか」と気づき、その後2秒ぐらいして落ち込む。

そのあと何時間たっても、「落ちた理由が理解できる」ということはあまり無いし、
だいたい「自分がなぜ落ちたのか」を明確にわかっている学生はいない。
そもそも面接官の側も、「なぜあいつを落としたのか」が明確にわかっていない場合も
少なくない。これはあくまで推測で書いているけれど、たぶんそうだろう。
「なんとなくこいつ気に食わんな」「なんとなく心に響くものが無かったな」という、
あいまいな理由で落としていることが多い。
落とす人数のほうが合格させる人数より多いので、
落とす人間ひとりひとりにちゃんとした理由をつけていたら、
時間がいくらあっても足りない。
合格させようと思ったら、上司に説明できる理由がないとダメだが、
落とすのにはハンコひとつで充分だ。
もちろん、まったくランダムに落とす学生を決めているとは思わないが、
「なんだかよくわからないもの」が実際のところ大きなウェイトを占めていて、
もろもろの理由は、後付けでやってくるんじゃないか、と思っている。

で、学生の側はというと、不採用通知に必ず、
なんらかの理由を見出そうとする。
「学生時代にサークルの代表をやっておけばよかった」
「もっと面接の練習をしておけばよかった」
「もっと巨乳だったらよかった」などなど。
彼らは「理由のある試験」に慣れ親しんできたため、
自分には何か悪いところがあって、それさえ改善できれば受かる、
ということになっていないと、なんというか、落ち着かない。
採用担当者は合理的人間のはずで、その合理的人間が自分を落とした以上、
そこには何らかの理由があると思いたくなる。

そういったニーズが、就活にまつわる神話を生みだす。(やっと本題)

神話には2つの機能がある。
ひとつは「世界観・宇宙観を作り出すこと」、
もうひとつは「行動規範を定めること」。
前者は、なぜ地震や洪水や疫病が起こるのか、といったことの説明であり、
後者は、災いを避けるためにはどうすればよいか、という説明。

そして、人々はそれを聴いて納得し、
この世界のことをわかったような気になる。
この「世界についてわかったような気になる」というのは
けっこう人間にとって大事なことで、これ無しでは生きていけない。
「何をしてくるかわからない隣人」が隣に住んでいたら不安になるように、
「根源的にわからないものが存在する」ということは、
人間にとってけっこうな不安を呼び起こす。
それをなんとか落ち着けるための手段として、神話や科学がある。

神話にとって大事なのは、その説明が真であるかどうか、ということより、
「いかにその説明が本当っぽいか」ということに尽きる。
そして、本当っぽい説明であればあるほど、その神話は広がっていく。
というより、そういう「本当っぽい説明」をした神話が生き残っていく。
そして、そういった神話が広まれば、それに伴って、
その神話が定める「行動規範」も広がっていくし、
その「行動規範」を受け入れた方が社会がうまくいくなら、
その「行動規範」もまた生き残っていく。

そういうわけで、ギリシャ神話やゲルマン神話などは、
今我々が読んでも話として面白いし、思わず信じたくなるし、
そこに書かれている教訓もうなずけるものが多い。

クルアーンや聖書なんかも、「神話」という体裁はとっていないものの、
基本的にはこれと同じで、読んで面白いし(クルアーンは「歌って面白い」)、
本当っぽいし、いいことが書いてある。
その3条件を満たせばだいたい神話の仲間になる。

なので、就活テクニック、成功法則、その他ビジネス書のコーナーに置いてある
もろもろの書籍は、本来なら「宗教書」のコーナーに置くべきなのだが、
頭の悪い店員が「ビジネス書」という分類を誤って作り出したせいで、
なぜかあの位置におさまっている。
けど、ビジネス書コーナーにいる人を観察すれば分かるように、
あれはどういう人が読む本かというと、まともなビジネスマンじゃなくて、
魂の救いを求める人が読む本だ。少なくとも無宗教の人間が読む本じゃない。
だったらもう宗教書を読めよ、アッラーの神に帰依してしまえよ、と思うが、
彼らはアルコールが大好きなのでイスラームには入信しない。
我々もそうだ。アルコールが大好きなのでイスラームには入信しない。
かわりに、就活コンサルタントが書いたクルアーンを読んで、
会社説明会という名の集団礼拝に参加する。
女性はヴェールのかわりにリクルートスーツをかぶり、
男性はネクタイで自らの首を締めるという苦行をずっとやっている。
違いといえば、せいぜい割礼ぐらい。あと豚を食べるか否か。

そういった神話に基づいて、われわれは就活に参加していて、
日夜どうすれば神に気に入られるのかを研究している。
人によっては、就活生だけではなくその親御さんも入信している場合があり、
そういうご家庭では、むしろ親御さんのほうがより熱心だ。
けど、親が天国に行けるかどうかと、子どもが天国に行けるかどうかは、
たいしてあんまり関係が無い。親が信心深いからといって、
自動的に子どもが救われるようにはできていない。

ニーチェが何を言ったところで、いまだに神はかたちを変えて生きている。
そうそう簡単に死ぬものではないし、殺そうと思って殺せるものでもない。
まあ、ほどほどの信仰心はむしろ幸福度を上げる、という
データもあるらしいし、うまくつきあっていく方法を考えていきますよ。これから。

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