不完全だけど効果的なアイディア

Million Dollar Bridge

この橋は壊れているだろうか?
どう見ても壊れている。
水の中に突っ込む橋を設計する奴はいない。

では、この橋は使えないのか?
そうではない。
よく見ると道路らしきものがかかっており、
多少急な坂にはなっているが、でも渡れないことはない。

ミリオン・ダラー・ブリッジという愛称で親しまれているこの橋は、
アメリカのアラスカ州、コルドバに存在する。
1910年に銅鉱石の輸送ルートとして建設され、
1964年のアラスカ大地震でこのような姿になった。
現在はさすがに修理されて、もう水の中に突っ込んではいないのだが、
それでもこの写真が撮られたのは1984年だ。
20年間。

ではなく、2004年まで、この姿だった。
40年間、半壊状態で過ごし続けてきた。
ある人はこのことを、政府の怠慢だと怒るかもしれないし、
ある人は、よく40年ももったなあと思うかもしれない。
しかしまあ、橋の建設というのはかなりの費用がかかるもので、
ミリオン・ダラー・ブリッジは、その名にふさわしく140万ドルかけて作られている。
140万ドルといっても、1910年のドル札なので、
現在の貨幣価値に直すと30億円ぐらい(※1)の価値になる。
これを修理するとなると当然10数億円は必要となるが、
そんな金はどこにもないから、2004年までこの状態が続いていた。

2004年になって、橋を新たに作り直す費用とか、
あるいは橋が全壊したときのリスクとコストを考えると、
修理してしまった方がいい、という結論が出たため、修理がおこなわれた。
実際かかったのは、1900万ドル、およそ17億円だった。

結果的には大きな金額がかかってしまったが、
一本、斜めの道路をかけるだけという単純すぎるアイディアのおかげで、
なんとか40年間この橋はやってこれた。
そのことは単純にすごいと思うし、尊敬に値する。

こういうアイディアのことを、英語で「クルージ(kluge)」と呼ぶ。
ITエンジニアの人びとの間で使われるスラングで、
より正確な定義は、
「エレガントにはほど遠く無様であるにもかかわらず、
 驚くほど効果的な問題解決法」である。
まさにこの橋がそれで、
まったくエレガントではないけれど、
でも窮余の策としてはよくできている。
窮余の状態が何年も続くのはあまりよろしくないが、
「使えてるんだから」という理由で、しばしば窮余の策は
常用の策になってしまう。40年間も。

こういった「クルージ」なアイディアは、我々の生活の至るところで見られる。

・私の机のまわりはあまり片付いていないが、
 それでも必要なものがどこにあるかはだいたい分かっている。

・本を読むときにちゃんとした付箋がほしいとは思いながら、
 気になったページ番号をiPhoneにメモするという形で読書している。

どちらもあまりエレガントではないが、
それでも生活に不便を感じたことはない。
いや、厳密にはあるが、ちょっとした不便なので、
それを一から直す手間を考えると、放っておいてもそう困らない。

あるいは、電気について考えてみよう。
西日本と東日本、60Hzと50Hz。
電源周波数が違うのは、たぶん多くの方の記憶に新しい。

関西電力から東京電力に電気を渡そうと思うと、
大規模な変電所を通さなきゃいけないが、
その変電所で一度に変換できる電力には限界がある。
普段はそんなに大量の電力を受け渡しすることもないから平気だが、
電力不足になった場合に大変不便なのは、この前よくわかった。

でも、だからといって、今から西日本の電気を全部止めて、
周波数を50Hzに直す努力をちまちまやっていくのは無理だ。
この東西分裂はゴルバチョフでも直せない。
たぶんずっとこのままだろう。
120年前の東京電燈と大阪電燈の対立がこのズレを生み出しており、
それが脈々と今も続いている。
変電所というクルージのおかげで、周波数が違ってもなんとか
やっていけるようになったが、それでもこの状態はエレガントにはほど遠い。

電源周波数が違うということは、
「送電が不便」以外にも予想外の弊害をもたらした。
一番大きな影響を被ったのは家電製品で、
東京で買った電子レンジを大阪で使うと、
加熱しすぎて中身が焦げてしまうことがあったし、
大阪のレコードプレイヤーを東京のジャズ喫茶で使うと、
若干曲がスローテンポになった。

正直に申し上げると、これは少し誇張して書いている。
多くの家電製品は、50Hzと60Hzのどちらでも使えるし、
切り替えスイッチがついているものもある。
今ではもう大した問題ではなくなっているのだが、
でも周波数が1つのほうがはるかに便利だし、もしそうなら、
よけいな技術的工夫を家電に詰め込む必要もなくて済んだはずだ。

こういった社会的なクルージも、やっぱり世界中のそこらで見られる。
Windows OSとMac OS。
左側通行と右側通行。(まれに混在している場所がある)
ナイフとフォーク。箸。スプーン。手。
(なぜパンだけ手でちぎって食うんだ?インド人の名残か?)

こういった違いが、あまりにも不便を生み出すようだと、
誰かが怒りだし、改革をしようとする。
こういう人を仮に「ジョブズ」と呼ぶとする。
こういうタイプの人は、クルージの結果として生まれた、
歴史的でごちゃごちゃしたものを好まない。
「なぜだか知らんがそうなっている」というのが嫌いだし、
もっと合理的ルールで統一すれば世界は良くなると信じてやまない。
歴史上、こういったジョブズ達が何千人も登場してきて、
たしかに世界を変化させた。
もしジョブズが0人だったなら、我々はいまだに
「なんとか生活できてるじゃん」っつって4足歩行していたかもしれない。

けど、誰かが2足歩行をたまたま始めたため、
我々は手が使えるようになった。道具も使えるようになった。
が、人間の体は4足歩行に合わせて作られているので、
脊椎は1本で、S字状に曲がっている。
これは、2足歩行の動物の体重を支える構造としてはけっして最善ではない。
支柱4本で体重を均等に分配するほうがよほど理にかなっている。
しかし、人体を一から作り直すことはできない。
人類はとにかく2足歩行を始めてしまったので、
結果として脊椎には大変な負荷がかかり、
このことは腰痛の原因にもなっている。
これはジョブズだろうか?
いや、クルージだ。

そもそも、(本来の)ジョブズでさえも、クルージの仲間である。
まったく違うOSを作ったのは確かにすごかったが、
その結果として世界には2つのOSができあがり、
ソフトウェア開発者はWindowsとMac、両方に対応して
別々のプログラムを作成しなければならなくなった。
Windows用とMac用を作るのはまったく別の仕事をやるようなもの、
と言われており、彼らの作業量はおよそ2倍に増えた。

WindowsにせよAppleにせよ、どちらかが息を止めることはできない。
今後やむをえずつぶれる可能性はゼロではないけれど、
自ら息を止めて、どっちかのOSに合わそうとすることはありえない。

生物にせよ、経済活動にせよ、いったん全停止して
一から作り直すのはすごく難しい。生物は事実上不可能だ。
結果として、「今の活動を止めない程度でギリギリできる変化」を
選択することになり、それがクルージになる。
そうして選択された変化のアイディアは、
とりあえずうまく機能するが、最善のものではない。

いままで、アラスカの橋、日本の電力、人間の脊椎、パソコンと、
具体例をいろいろと出してきたけど(少々出しすぎたと思っている)、
最後に、これを読んでいる我々の脳を例にあげて終わりにしたい。
我々の脳もまた、(当然だけど)進化の産物で、
簡単に言うと、動物部分を担当する後脳と中脳の上に、
覆いかぶさるようにして前脳がある。
前脳が言語や判断など、知性的な部分を司っていて、
人間の人間らしさはここからやってくると言われている。

そして、前脳は完全に独立して働くわけではなく、
原始的な後脳や中脳の影響を受けながら働いている。
人間の部下が、動物の上司の言うことを聞いているようなものだ。
このことが、人間の脳はすぐれて高性能であると同時に、
すぐれてバカである、という特性を生み出している。
詳しくは、『脳はあり合わせの材料から生まれた』という本を読んでほしい。
原題は”Kluge: The Haphazard Construction of the Human Mind”で、
私がクルージ(Kluge)という耳慣れない単語を知ったのは、この本のおかげだ。
進化が選択した不完全なアイディアと、
そのせいで人間の脳はどういう不便にさらされているのか、
ということがとくとくと書いてある。とても面白い。

いっけん不合理に見えるシステム、アイディア、その他諸々は、
多くの場合、進化の産物でそうなっている。
そして、その進化の歴史を丁寧にたどっていくことで、
不合理は「やむをえない不合理」だったことがわかる。
それを知れば、そう簡単には批判できなくなるし、
そこをふまえた上で出すアイディアは、
以前より少し、現実味を増しているはずだ。

―――――――――――――――――――――――
※1 「1910年のドル札」と書いたけれど、
昔のお金の価値を今のお金に直すのはけっこう難しい。
物価指数で見るのが最もわかりやすいので、その方法をとった。

1910年の時点で1ドル=2円だったらしく、
そのころの日本の企業物価指数は0.588。
2011年の物価指数は698.145になる。
後者を前者で割ると1187.32143。
つまり、物価は約1187倍になっている。
1910年の1円≒現代の1187円。
2円=2374円=1910年の1ドルなので、
これに140万をかけると33億2360万円になる。

2618mの東京ゲートブリッジが1125億円なので、
470mのミリオンダラーブリッジが33億円というのは、
少し安すぎるような気もするが、そういうものなのかもしれない。

お恥ずかしながら、ソースはもっぱらYahoo!知恵袋による。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1427211094
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q138277083

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