書籍がポップスに見えてきた

昨日、「最近何してんの?」と聞かれて、
なんかうまく答えられなかったんですね。
確かに「何してんねやろなあ」と。
その場ではなんとなく「読書と文章と太鼓です」みたいに
答えたんですが、でも本当にそうなのか、というと、
そんなに読書と文章と太鼓ばっかりでもないなあと思って。
いったい自分は何に時間を使っているのかがわからんのですよ。
やってることが、なんというか全体的にバラバラすぎて。

ただまあ、でも記録を振り返ってみると、
やっぱり今がんばってるのは読書だと思います。
本を読む量だけはなんかやたらすごくて、
本を大量に借りて大量に返す生活をしています。

で、本を大量に読んでいるうちに、
ひとつの錯覚が生まれてきました。

本がCDに見えてきた。

よりカッコつけていうと、音楽を聴くように本を読むというか。
これはたぶん数日後読み返して恥ずかしいフレーズになると思いますが、
でも本当に聴くように読むようになってきました。

なんというか、大量の本を読むので、
一冊一冊にそんなに時間をかけていられないわけです。
ノルマとかそういうものがあるわけじゃないけども。
で、そうなってくると目線の動きも自然と速くなって、
よくいえば速読、悪くいえば浅い読み方が基本になってしまった。
自分の意思で速くしているというより、
勝手に速く読んでしまうという状況です。

で、そういう状態で読んでいると、
いわば自動的に文章が進んでいくわけで、
これがなんか音楽を聴く状態に似てる。
気になったところがあれば、一時停止してちょっと巻き戻しますが、
基本的に流し読みしている状態です。

そういう、読書法が流し読みになってきた、という意味での、
「本がCDに見えてきた」というもののほかに、
もうひとつ別の意味での「本のCD化」があります。

大量に本を読んでいくと、何回も引用されてる本があったり、
あるいは「話題の本」みたいなことがなんとなくわかってきます。

と同時に、あるジャンルに対して本を出してる人って、
実はそんなに多くないというか、1個のジャンルに対して
「進化生物学ならこの人とこの人」「マクロ経済学ならこのグループ」みたいなのが
なんとなくわかってくる。
勢力図というか、重要人物がだれか、みたいなことがわかってくる。

で、これが音楽にすごく似ている。
「名盤」「必聴盤」みたいなものがあるし、
「ファンクの帝王」「ブルースの神様」みたいな存在がいる。
「これを聴かずにジャズは語れない」みたいな存在がいる。
それが誰なのかをわかっている感覚。

この感覚って、実はずっと憧れ続けていたもので、
実のところ、自分はあんまり音楽に詳しくないんです。
Jポップはもとより詳しくないけれど、
それ以外のほとんどの音楽ジャンル、
ジャズ、ロック、ソウル、ヒップホップ、テクノ、なんでもそうですが、
そのジャンルにおける「重要人物」と「名盤」みたいなのがわからない。
最近勉強しようとはしてますが、でもまだまだわからない。
音楽史に関する知識がほとんどなくて。

逆に、民族音楽っていうのは、意外にそういう知識がなくてもやっていけるジャンルで、
なぜなら「音楽史」にあたるものがほとんど無いからです。
ジャズとかロックとかっていうのは、新しい音楽ですから、
ばりばり変化しやすいわけです。1人のプレイが大きくジャンルを変えることがある。
でも、民族音楽は、そういった変化がない。太古の昔からそんなに変わってない。
だから、重要人物っていうのもないし、西洋音楽と違って楽譜もないから、
「名盤」「名曲」みたいな存在もあんまりない。
音楽史の知識がなくてもやっていけるのが民族音楽です。
むしろ、ロックとかゴスペルをやろうと思ったら、
音楽史について詳しくないといけない。パンクですらそうです。

なので、音楽について詳しい人というか、
いろんなジャンルを一通り聴いてきた人に対してコンプレックスがあったんですけど、
本を読んでいるうちになんかそういう感覚がわかってきて。
重要人物と名盤をおさえて、それらを一通り読んだことがある感覚。
こういう感覚があると、たぶん音楽も聴きやすいし、
どういう文脈の中にこの曲が置かれているか、っていうのもわかって、
より深く楽しめるんだろうなあと思います。

で、なぜ自分が書籍に対してこういう感覚を持ちえたんだろう、
と思うと、ひとつは単純に「好きだから」というのがあると思います。

自分はたぶん、太鼓をたたいたり音を出すのは好きなんですけど、
聴くほうに関してはさほど好きじゃないようで、
イヤホンも持ち歩いていません。音楽を聴く時間は1日30分以下だと思います。
いっぽう、本は1日2時間以上は読んでいるので、雲泥の差です。
学習スピードが違うのもうなずける。
あんまりイヤホンやヘッドホンで音楽を聴くのが好きではないので、
スピーカーもしくはライブでしか聴かないというのもあります。

で、もうひとつの大きな原因は、構造的な問題で、
「音楽には参考文献がない」ということです。

本の場合、「誰々はこう言っている」「~によれば」とか書いてあって、
この人がだれの影響を受けてこういう文章を書いているのか、
というのがはっきりとわかるわけです。
巻末には参考文献リストみたいなものがついていて、
それを順に読んでいけば、さらにそのジャンルの知識を深めることができる。

けど、CDにはそういうのがない。
ライナーノーツを見ればちょっとありますけど、
(ライナーノーツの大事さに今気づいた!)
基本的には音楽だけがあって、解説はなにもないです。
その音楽がどういう文脈の中にあって、
そのミュージシャンがだれの影響を受けてそうなったのか、
みたいなことは、音楽だけ聴いててもわかりません。

雑誌のインタビューを読めば、意外にそういうことは書いてあったりして、
もしかしてそっから知識を仕入れているのかもしれませんが、
(今度音楽雑誌を立ち読みしてみようと思います)
でもどの音楽雑誌を読めばいいかわからないしなあ。
とりわけ海外の昔のミュージシャンとなるとどう調べたらいいかわからん。

たとえば、ヒップホップの歴史とか知りたいんですけど、
そういうのってどういう本がいいんでしょう?
文化系のためのヒップホップ入門』とか
チェック・ザ・テクニーク ヒップホップ名盤ライナーノーツ集』はよさそう。
でもこういう本ってなかなか図書館には置いてないのよ。
となると、本屋で買うしかないのか?
いいかげん図書館ジャンキーをやめるべきかもしれない。

どうやって音楽に詳しくなるのか、っていうのはとても気になるテーマで、
たぶんそれぞれの音楽収集スタイルがあると思うんですけど、
いずれいろんな人に聞いていきたい。

まあでも、私も最近は少しずつ勉強が進んでまして、
『ブラック・ミュージック入門』ていうのを借りて(結局図書館です)、
ちょっとずつ読んだり聴いたりしています。
それでまあ何人か好きなミュージシャンができたりしてるんで、
それなりに幸せなリスナー生活を送ってはいるんですが。
でも、どういう文脈の中にこの音楽があるのか、
っていうのはやっぱり分からないので、そこを理解したい。
となると、しっかり『ブラック・ミュージック入門』の文章部分を読むべきですね。

話がだんだん当初のテーマとズレてきましたが、
音楽に参考文献が無いっていうことはけっこう重大な欠陥で、
そういうのがあったらもっと音楽に詳しくなれるのになあ、
と思っていることを主張して終わりたいと思います。

あと、映画もそうですね。それと小説も。
たぶん映画や小説に詳しい人も、
なんらかの「参考文献」に代わる情報入手源があるんやと思います。
それがなんなのかが全然わからない。テレビとかラジオ?口コミ?

最近ときどき聴いてるブラック・ミュージック2曲。

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