思考停止と判断停止

最近ずっと考えることについて考えていて、
まあジャンル的には哲学的な方向に近いのですが、
いやしかしめんどくさいですね。この作業は。

ファッションを着替えるかのように、
思考スタイルが着替えられたらいいなあと思うんですよ。
ほんとうに。
チャッと替えてチャッと替える。それができたらいい。

國分功一郎さんという哲学者が書いた
『暇と退屈の倫理学』って本があって、まあおもしろいんですが、
その中に、ユクスキュルという生物学者の「環世界間移動能力」
っていう発想が出てくるんですね。
これがまあぶったまげ発想というか、素晴らしきアイディアで、
人間らしい生活ってのはつまりこの「環世界間移動能力」って
ことなんじゃねえの、という話です。
くわしくは読んでね、と言いたいのですが、一応解説。

環世界、つまり、世界です。世界。ザ・ワールド。
「我々にとっての世界」。
俺っちと他人が見ている世界は違うわけで、
そういう意味での「世界」ですねなんというか。客観的な世界というより。
そういうものを、自由に移動できること。
これが環世界間移動能力です。
分かりやすく言うと例えば他人の視点に立つとか、
そういうことだっけ?ちょっと違った気もする。
生き方を選べるとかそういうことだった気もする。
やっぱり詳しくは『暇と退屈の倫理学』を読んでほしい。

で、そういうものができないってことは、
(つまり、考え方があまりに硬直してるってことは)
人間らしい生活じゃない、ってことなんですよ。
動物に近づいていっているわけです。もしくはコンピュータ。

思考停止っていうのは、いうたら羽を開かないフクロウみたいなもので、
20歳になってもベビーカーに乗るようなものです。

思考ってそんなにめんどくさいのか?
というと、結構めんどくさいと思う。
思考ほどめんどくさいものはない。

逆に言うと、「思考」というものがめんどくさくなくなりさえすれば、
フクロウは羽を開き、20歳はベビーカーから降ります。

まさにこの、私がやってみたいのは、
「思考をめんどくさくないものにする」
ってことで。
たとえば本っていうのは「他人がかわりに考えてあげる」
ことなんですが、それだけじゃなくて、
「自分でなんでも考えられる方法論を与える」
みたいなことがいります。
前者がドラえもん方式です。後者が職人。

思考というのはなぜこんなにめんどくさいのか。

これを解決するのに、
よけいややこしい用語をもってくるようなことはしたくない。
つまりいわゆる哲学ではないと思う。

思考停止っていうのは、
いうたら考えればわかることを考えないことなんですよ。

で、いっぽうで古代ギリシャの哲学者がたどりついた結論である
「判断停止」(エポケー)は、
考えてもしょうがないことを考えないことなんですよ。
これはちょっとヴィトゲンシュタインが入っています。
いつのまにか哲学の話に戻っていますが。

考えてもしょうがないことを考え始めると、
これはもう妄想の世界に突入していきます。
根拠がないので。

考えたらわかることを考えないのは、
なんでなんでしょうねえ、いやほんとに。
それほどまでに考えるってのはめんどくさいのか。

つまり、考えるってことがうかつに信用できないんですよ。

もし自分がトンチンカンのパラッパラッパーだとして、
その自分の頭で「考えたこと」は意味があるのか?
っていうことなんですね、問題は。

そこが問題なんですよ、要は。

自分の思考が正しいってことに対して、
我々はそんなに自信をもつことができない。
というかたぶんどこか間違っている。
どこか間違っているのであれば、そもそも考えること自体の意味が
ないわけです。むしろ害になるから。

考えるためには自信が必要です。

っていう話なのか?

いやまあでも、ある程度は当たっている。
自分の頭がポンコツマシンだとすれば、
くずを入れればくずが出てくるわけですから、
そういうものに頼ってはいけないわけです。
なるべく「客観的」なものに頼らなきゃいけない。

でも、当たり前ですが「客観的」なものというのも、
たいていの場合は存在しないわけですから、
で、そのことに気づいてしまうと、
もうなかなかどうしようもない。
自分のポンコツマシンを作動させる覚悟を決めるのか、
宙ぶらりんのままカーズ様になるのか(=考えるのをやめる)、
のどちらかになる。

そうです、そこが問題です。
思考技術以前の問題として、
「そもそも我々は考えることで何ができるのか?」
という問題があります。

このブログのコンセプトが一応
「Think Beyond 140」ということになってまして、
要は「考えようぜ!」というメッセージなんですが、
(=つまり、考えることの力をそれなりには信じている人間が
やっているわけですが、)
でも考えたその結果が果たしてどれぐらい妥当なのか、
意味があるのか、っていう点は、つねづね疑問でもあります。

「考えるための正しい客観的な方法論」
のようなものがあれば、
我々は安心して考えることができるのですが
(そして書店にはそれらしきものが売っているのですが)
そういうものも実際にはないわけですし。

「なるべく間違える可能性を減らした思考法」のようなものは
確かにありますし、そういうものは知っておくべきなんですが、
でもやっぱり間違えることはあるわけで。
正しく考えるために必要な懐疑主義を持ちこむほど、
思考に対する信頼というのは減っていきます。

――――――――――――――――――――――――――

さて、そうすると考えの正しさを担保するものは何もないわけですが、
どうしましょう。

なんだかデカルトみたいな話になってきました。

ここで考えの正しさをなんとか担保しようとすると、
またそれはそれでややこしい話になってきます。
ありていにいえば、めんどくさくなります。
そうすると、「考えることをめんどくさくなくする」という当初の目的と
反することになるので、またしても振り出しに戻ります。

「カンタンに正しく考える方法」とかあれば
もっともいい。

そういう方法は本当にないのか?

――――――――――――――――――――――――――

哲学の歴史というのが、
「いかにして正しく考えるか」であったとするならば、
「いかにしてカンタンに考えるか」があってもいい。
幼稚園児でも使えるような思考技術があっていい。

現実というのはだいたい多くの要素が絡み合ってて複雑なので、
現実的な思考をしようとすればするほどめんどくさくなります。
「摩擦はゼロとする」にしないと
物理学を勉強できないのと同じように。

カンタンに思考するとはつまり、
現実離れするということになる。

けど、もともと我々の思考というのが、
必然的に現実離れするものだとしたら、
それでもいいんじゃない?という風にもいえます。

つまり、現実離れしよう。

そういう現実離れを経たあとに、
もとの「現実的思考」をひっぱってきて、
チェックするのはいいけれど、
最初から地に足をつけた思考をしようとすると、
何も考えられないのではないか?

でもやっぱり腑に落ちない面もあります。
現実離れした思考に意味はあるのか?という。

いや、でもやっぱり2段階に分ければ、
ある程度は大丈夫な気がするんですよ。
カンタンに考えたのちに、正しく考える。

いやーそれでもやっぱり、
考えることのアブナさみたいなのは
最後まで消えない気はしますけれどね。
考えることのなにがどうアブナいかっていうのは、
ちょっと僕も具体的にはよくわかりませんが。

それはもうしょうがない、
という覚悟を決められるのかどうか。

考えるのには覚悟がいる?

究極的に正しく考えようとすると、
やっぱり「判断停止」がベストってことになるんです。
正しいとも間違っているともいえないのだから、
結果、正しくても間違っていても、
その「判断停止」という判断自体は正解であった、
ということになるわけで。

にしてもこの文章自体が、
だいぶめんどくさく考えながら書いているので、
本当にもっと、カンタンな思考技術が生まれないかなと思います。
てか「カンタンに考える」ってなんだ?

――――――――――――――――――――――――――

「カンタンに考える」ってのは、
いうたら思考をただの道具として扱うことかもしれません。
思考自体にフェティシズムをもたない。
考えることを神聖化しない。
そういう態度のもとでのみ、カンタンに考えることができる。

ああー、そうか、そら俺にはできへんわ。
僕は考えること自体が好きなあまり、
かえって考えることができないのだと思います。
音楽が好きすぎて作曲できないみたいなそんな感じです。

どうしても正しく考えたいとこでは、
正しく考えることを優先させつつ、
どっちでもいいとこでは、カンタンに考える、
というような生活が、できるギリギリのラインかもしれません。

あるいは、楽器の慣れのように、
カンタンに考えることができるようになれば、
カンタンに正しく考えることができるかもしれない。

とにかく、思考をめんどくさいものにしたくない。
人間の脳はすさまじくポンコツであったとしても、
それ以外に使う道具が今のところあんまりないのだから、
結局我々は考えなきゃいけない。
そう考えれば、多少現実離れしたカンタンな思考も
しょうがなくもない。

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