リスク論のまえに

これからちょっとリスク論の本を何冊か借りて、
リスク論について本格的に勉強しようと思うのですが、
リスク論のゴールとはなんなのか?

(リスク論について取り上げたよさげな本については、
 松岡正剛さんの千夜千冊『リスクのモノサシ』
 参考情報(ページ末尾)が充実している。)

リスク論というのは、つまりリスクに正しく立ち向かうことを
目標としているわけですが、
リスクに対する「正しい立ち向かい方」とは?

過度に憶病でもなく、
過度にギャンブラーでもない、
というのはまずあります。

いっぽうで、ある程度の幅を許容するものだと思います。
ある程度臆病な人も、ある程度挑戦的な人も、
それなりにリスクを認識したうえでそうしているなら、
それはその人なりに「リスクに立ち向かっている」わけですし。

これだけだとあまりにぼんやりしているので、
もうちょっと具体的な定義を行っていきましょう。

――――――――――――――――――――――――――

リスクを単純に損得の面から考えるとして、
4つの要素があげられます。

「リスクをとることによって失う(危険のある)もの」
「リスクをとらないことによって失うもの」
「リスクをとることによって得る(可能性のある)もの」
「リスクをとらないことによって得るもの」

で、私が思う「リスクをとるべき状態」というのは、
「リスクをとらないことによって失うもの」の方が
「リスクをとることによって失う(危険のある)もの」より
大きい状態のとき、リスクをとるべきだと感じます。
この状態においてリスクをとれないならば、
それはリスクに対してあまりに憶病ではないかと。

逆に言うと、そこの状態をきちんと解決できれば、
僕の目的はおおむね達成されます。
そこがリスク論のゴールです。

あまりにも名称が長いのは不便なので、
これからそれぞれを略語で示していきます。

「リスクをとることによって失う(危険のある)もの」=「Y-」
「リスクをとらないことによって失うもの」=「N-」
「リスクをとることによって得る(可能性のある)もの」=「Y+」
「リスクをとらないことによって得るもの」=「N+」

YとNというのは、YESとNOの頭文字でもあるし、
「やる」「やらない」を象徴する文字でもあります。

で、これを使って、具体的な状況を4つに分類していく。

――――――――――――――――――――――――――

◆「Y->N-かつY+>N+」
つまり、リスクをとって失う危険性のあるものも大きいが、
リスクをとって得られるものも大きい。
「リスキー」な状態、といえます。

◆「Y->N-かつY+<N+」
リスクをとって失うものも大きいし、
リスクをとらないほうがより幸せであるといえる。
「現状維持」すべき状態。

◆「Y-<N-かつY+>N+」
リスクをとって失うものは少ないし、
むしろここでリスクをとらずに現状維持する方が危ない。
得られるものも大きいのだから、この状態は
「リスクをとるべき」状態です。

◆「Y-<N-かつY+<N+」
リスクをとって失うものは少ないけど、
リスクをとってもそんなに幸せになるわけでもない。
これはむしろ、「リスクをとる」というより、
「より安全な策をとる」ことに近い。
マイナスとプラスの幅がそれぞれ狭くなっているので。
「安全策」状態とします。

――――――――――――――――――――――――――

そして、前回述べたことからいえば、
リスク回避的な人は、
「リスクをとることによるマイナス(Y-)」を、
本来よりも大きく見積もります。
かつ、「リスクをとることによるプラス(Y+)]を
本来よりも小さく見積もります。

このような「実際からすこしズレた予想」について、
悲観的(pessimistic)の頭文字pをつけ加えて、
Yp-、Yp+という風に考えます。
するとこういうことがいえる。

Yp->Y-、Y+>Yp+

リスク回避的な人は、
Y-、Y+について、どうしても測り間違えをしてしまう。
このことをどうすればよいのか?

ということを考えた時、
注目されていないほかの2つの要素、
つまりN-とN+に目を向けるのがよいかもしれない。
Y-とY+についてはバイアスがかかった判断をしてしまうけど、
N-とN+についてはそこまでひどいバイアスがかからないかもしれない。

そして、N-とN+について考えることは、
裏返して見れば、Y+とY-について考えることです。

たとえば起業のリスクについて考えれば、
「起業しないことのマイナス」は、
つまり「起業して得られるプラス」が得られない、ということだし、
「起業しないことのプラス」は、
「起業して失うもの」が手元に残る、ということです。
完全にイコールではないですが、だいぶ近い。
「N-≒Y+」「N+≒Y-」ということができる。

もっとも、これを厳密に当てはめると矛盾が生じるのですが。
(「リスキー」の状態でこれを当てはめると、
 「Y->Y+」かつ「Y+>Y-」ということになる)

――――――――――――――――――――――――――

話に矛盾が見えてきたので、
「リスキー」という状態についてもうちょっときちんと考えてみたい。

リスキーというのは、報酬もでかいが失敗もでかい、という状態。
で、この「でかい」ってどういうこと、かといえば、
さっきの記号をもう1回使うと
「Y+>N+」かつ「Y->N-」ということができる。

「N-≒Y+」「N+≒Y-」を当てはめると矛盾が生じるので、
Y+,Y-,N+,N-はそれぞれ別ものと考える。

すると、Y+とY-、N+とN-の関係についてはどうなのか?
という疑問が出てくる。

Y+>Y-ならやるべき行為だし、
N+>N-なら現状維持でもそんなに悪くない。

ということを考えると、「挑戦する価値のあるリスキー」というのは

「Y+-Y->N+-N-」

のことではないか?
(式がややこしいけれど)

「Y+>N+」かつ「Y->N-」かつ
「Y+-Y->N+-N-」のとき、

「挑戦する価値があるリスキーな状態」ということができる。

――――――――――――――――――――――――――

数式めいたものを使っているので、
だいぶエセ経済学っぽくなってきました。
もう1回言葉に立ち戻ってみようと思います。

「リスキー」「現状維持」「リスクをとるべき」「安全策(リスクではない)」。

最初、よく考えてみる前は、
「現状維持」と「リスキー」については、
特に何も考えなくてもいいや、と思っていたんですが、
(関心はもっぱら「リスクをとるべき」にあった)
よく考えていくと、
人がリスクを前にして立ち止まるのは、
もっぱら「リスキー」な状態のときではないか?
というふうに思えてきました。
他の状態ではジレンマが生じませんから。

「リスキー」と「現状維持」「リスクをとるべき」では
問題の性質がそもそも違っていて、
「現状維持」「リスクをとるべき」については、
いかに正確にリスクをはかるのか、リスク認識を精密にするのか、
というとこに注意すれば、おのずと答えが出ます。

けど、「リスキー」については、問題が依然として残ります。
どのような状態のときリスクをとるべきとはやっぱり言えない。
とりわけ計量がむずかしいものについては言いづらい。

そこにたとえば確率論を持ちこむことも可能でしょうが、
確率が使える領域(例:投資)と使えない領域(例:告白)があるので、
これも万能ではない。

(でも、告白の成功率について統計を調べたら、
 一応それなりにちゃんとしたレポートが出てきた。
 『恋愛における告白の成否の規定因に関する研究』。
 これによると、告白した人の6割が成功している。意外に高い。)

(ちなみに、知り合って3カ月以内に告白した方が
 成功率は高いらしい。長くなるほどちょっと難しくなる。)

(まあでも、こういうデータを基準に告白する、しないを決めるのは
 やっぱり邪道ではないかという気はする。
 とはいえ6割は勇気づけられるデータである)

――――――――――――――――――――――――――

リスク論について脱線しながら話を進めてきましたが、
リスク論のゴールがそれなりに見えてきました。

まず、「現状維持」「リスクをとるべき」の状態のときに、
きちんとリスク、得るもの・失うものを測定できること。
それにもとづいて判断をくだすこと。

つぎに、「リスキー」の状態のときに、
自分なりの判断基準をもっておくこと。

この2つが達成されれば、
個人に必要なリスク論はおおむねゴールです。

社会的にリスク論を考えると、
「放射能のリスクをどう伝えるか」
といった、リスク・コミュニケーション論も入ってきますが。

これを軸にして、リスク論の本を読んでいきたいと思います。

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