残業モダンタイムス

若者はなぜ「会社選び」に失敗するのか
渡邉 正裕
東洋経済新報社
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『若者はなぜ会社選びに失敗するのか』という本を読んでまして、
これを読んでて「うわああああああ(椅子から転げ落ちる)」ってなりました。

僕が4月から入ろうとしている会社があるんですが、
その会社の実情が書かれてまして、
これがもうことごとくひどいですね。
少なくとも自分との相性はこれ以上ないほどに最悪です。
以前『人生の究極目標と労働』であげた要望と全部真逆を行く感じ。
それ以外の労働観についても真逆を行く感じで。

ちょっと辞めることを真剣に考えてますね。

けっこう真剣に。

まあそれ以外にもいろいろ書いてあって、
「うわー、この本を就活中に読みたかった!!」という本です。

タイトルこそ『若者はなぜ会社選びに失敗するのか』と書いてますが、
実際には「若者の精神分析」「就活ナビの功罪」みたいなことは
まったく書いていなくて(そんなの他にくさるほどあるから)、
会社を選ぶに当たって本当に重視すべきいくつかのポイント、
そしてインタビュー調査に基づくその実態、といったものを書いています。

具体的にあげますと、

「転職力が身につくか」
「やりたい仕事ができるか」
「社員定着率は高いか」
「英語力を活かせるか」
「働く時間に納得できるか」
「社員の人柄は自分に合っているか」
「社内の人間関係は心地よいか」
「女性は活用されているか」
・・・

といった12の項目について、
「労働時間に関していえば、この企業は裁量労働制かつ年棒制なので、
 バリバリやりたい人にはとても納得できるシステム」とか
「この企業は離職率が低いが、やめたくても転職先がなくやめられないといった、
 仕事のできない給料泥棒が結構いるから会社として良いわけでもない」とか、
そういったことが書いてあります。

でまあ、特に自分が気になるのはやっぱり労働時間なので、
その項目に関してはよく読みこんでみたわけです。

するとなるほど、「残業=悪」っていうのも、
ちょっと融通がきかないというか、単純すぎる考えかも、と思えました。

労働基準法の「労働」っていうのは、
基本的にはブルーカラー、第二次産業従事者の人たちを基準に作られてるわけですね。
で、それも、特別な技能がある職人というよりは、
なんのコネもないけど都市に出てきた労働者たち、のようなものを
基準に作られているわけです。ラインの仕事とか。

で、そういうラインの仕事というのは、1ヶ月~3か月もあれば覚えてしまうわけで、
あとはまあ誰がやっても一緒というか、
熟練度がある程度のとこでストップする。

つまり、同じ9時ー5時で作業していても、
クオリティがとても安定している。
よっぽどサボろうとしなければ、誰がやってもそこそこちゃんと製品ができる。
いや、もちろんブルーカラーの中に職人技を持った人はいっぱいいるんですが。

で、いっぽう、ホワイトカラーというのは、
サボろうと思えばなんぼでもサボれるわけです。
あるいは能力によるばらつきが多すぎる。

いや、これももちろん、仕事の成果が即給料と結びつくような、
そういうシビアな環境に身を置いている人からすると
「何を言うてんねん」という話なんですが、
だいたいのホワイトカラーは、そんなに頑張ろうがサボろうがどちらでもいい。

端的に言うと、
「ホワイトカラー」と「時給制」というのは、
思いのほか相性が悪いのかもしれない、ということです。
だからこそ「ホワイトカラー・エグゼンプション」みたいな話が出てくる。

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社員が何か生み出さんことには会社が立ち行かんわけで、
理想としては、何かを生み出してる社員にはそれなりのお給料をあげ、
何も生み出していない社員にはお引き取り願う、というのがあるわけです。

しかしじゃあ、どうやって成果というものを評価しよう、と考えた時に、
これがけっこう難しい。
正確には難しい業界と簡単な業界がある。

たぶん最も単純なセールス業界だと、
要するにいくら売上をあげたのか、ってことで評価軸をつけられる。
しかし、たとえばサービス業とかコンサルとか広告とか、
「それは本当に効果があったのか?」ってことが分かりにくい、
もしくは数値化しにくい業界の場合、評価軸が難しい。
無理矢理に数値化できる評価軸をつくると、
今度は逆にその数値だけを目指して社員が動いたりする。(例:視聴率)

あるいは、数値じゃなくて目標達成にした場合、
A.上から目標を与える場合
→そもそも無理な目標である可能性
B.自分で目標を設定させる場合
→あまりに低い目標である可能性
というリスクがあったりする。

まあでも書いてて思いましたけど、
目標達成型がいちばんまともな気はしますね。
「上からクエストが与えらえれる」って考えるとゲームっぽいし。

ただ、その目標があまりに無茶だとどうなのか。
仮にまわりが達成していて自分だけ達成できないとしても、
それを達成すること自体が相当どうかしている目標の場合どうだろう。
それを達成できないことについてどれぐらいの帰責性があるのか。

いや、書いててこれは相当甘ちゃんだなあと思ったんですが、
でもこれはどうなんでしょうね、どこまでアリなのか。

たとえば「これ明日までに終わらせてきて」っつってどんと渡されて、
それを終わらせるには徹夜せざるをえないっていう場合、
その目標は確かに達成できなくはないが、
それは無茶なのではないか、っていう。
「ウチはそういう教育の会社なのだ」といっても、
いやそれはアンバランスすぎやしませんか、っていうのは、あるのでは。

ちょっと時間の話からズレすぎたので話を元に戻します。

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要するに、成果主義であろうとしたら、
それは成果をはかるなんらかの手段が必要である。
しかしその手段が完璧ではない以上、
労働時間というのも評価の対象にせざるをえない。
頑張っている人間が報われないのは社員の士気を下げるから。
労働時間は外形的に明らかだし、数値化できるし。

というわけで長時間労働が常態化してんじゃねえかと、
ちょっと思ったりするんです。

要するに、労働時間にかわる新たな評価軸を見出せていない。
社員のほうも、労働時間にかわる新たなアピールポイントをそなえていない。
(たとえば、俺はものすごく仕事ができるから定時で帰ります、
 というようなことを言えるほど自信があって仕事ができる人がいるだろうか、
 また、そのような人は社内でうまくやっていけるのか、
 また、そんなことができるほど仕事というのは個人単位で分割されているのか)

「それ以外にはかる軸がねえんだからしょうがねえじゃん」
というのが、たぶん長時間労働の理由の多くを占めているのでは。

いや、もちろん具体的な理由としては、
「仕事の量が多すぎる」ってことだと思うんですけれど、
システム的な要因としては、「そこしかアピールポイントがねえ」
ってことなんじゃないかと思ったりする。
「多く働いている奴」=「えらい」という価値観。
そこから抜け出そうと思うと成果主義の世界。
どちらで生きるか覚悟を決めなくてはならない。

ただ、世の中には裁量労働制だけど成果主義でもねえ、という、
まったくありがたくない会社もあるらしくて、
そこがまさに僕が行こうとしている会社だったりするんですけど、
そういうとこにだけは行きたくないなあと思います。

そういう会社の人って何を考えて働いてるんでしょうね。
労働時間でも成果でも報われないわけだぜ。なんだそりゃあ。

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短時間労働で生きようと思うと方法は3種類あるらしくって、

1.労働組合がちゃんと機能している会社に行く(NTT系列など)

2.権利意識の強い社員が多い外資系(シティバンク、ヒューレットパッカードなど)

3.若いうちにめっさ働いて金と経験を蓄積、
  30代から独立して自分の自由がきくようにする(外資コンサル、リクルートなど)

だそうです。
なので僕の選択は完全に間違いです。
すくなくとも外資系に行くべきであった。
思想的に、たぶん成果主義寄りの方が納得できると思うし。
自分が成果を出せる人間かどうかわかりませんけど。
出せないなら出せないであきらめつくじゃないすか。

入社前から転職を考えるね。いやあ。

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1 Response to “残業モダンタイムス”


  1. 1 moro 2013年2月24日09:49

    読んでふと、うちも裁量労働制だけど成果主義じゃねぇ会社だって思った。そのへんがうちの離職率の高さの要因のひとつなんだろなぁ。そして、転職する時に役に立つような仕事でもないし。さぁーて次の仕事はどうしようかなw


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