作りたい音楽について大真面目に話をしてみよう

だいたいこういうのはあとあと見返して恥ずかしくなるものである。
が、まあ、書いてみようと思う。

作りたい音楽について大真面目に話をしてみよう。

おんなじように音楽をやっている人でも、
やっぱり音楽をやる目的ってのは全然違っていて、
ある人は完全性を求めようとするし、
ある人はポップ性を求めようとする。
ある人はメッセージ性を追求し、
ある人は無機物性を追求する。

で、自分がどういう音楽を志向しているのか、
というのを考えてみますと、まず楽器として、

「パーカッション」と「シンセサイザー」

があります。
この両方に共通するものが何かというと、

「倍音が多い」ということです。

倍音が多い、って表現はちょっとおかしいんですが、
まあでも音にクセがあるというか、ある種異常な音が出る楽器です。

つまり、「異常な音」を志向するクセがある。これがひとつ。

じゃ、その「異常な音」を使って何をしたいのか。
ということを考えると、

「妙なグルーヴ感」

を作りたい。
というところに行きつきます。

なんか機械的なんだけどノれる、もしくは、
すごい変なビートなんだけど体が動く、とか、
そういうのがすごくやりたい。

「異常な音」と「妙なグルーヴ感」が交差するところ、というのを考えると、たとえば、

・キレッキレのパーカッションアンサンブル

・サンプリングを多用した変な音だらけのヒップホップ

・クラフトワーク的なもの

・ダブステップ全般

といったものが、あげられます。
こういうのが好きですし、こういうのが作りたいと思う。

―――――――――――――――――――――――

じゃ、曲を作って最終的には何がしたいのか。

というと、たとえば人を元気づけるだとか、ハッピーにさせるとか、
そういうことは、まったくと言っていいほどしたくない。

どちらかといえば、猛烈に暗い音楽のほうがいいと思う。
そういう意味ではガムラン的なものも好きです。

でも、たとえばふつうの民族音楽、
たとえばアラブ音楽やペルシャ音楽をやりたいか、というと、
実はそこまでそう思っていない面があって。

あれもそこそこ暗い音楽だとは思うんですが、
なんか、聞いていてそこまで気持ちが乗らないというか。
グルーヴ感がそこまでないような気がする。

「好きだけどやりたいわけではない音楽」というのがあって、
たとえばジャズとか、あるいはTOOLみたいな暗めのロックとか、
ああいうのは好きなんですけど、別にやりたいわけではない。

この違いってなんなんだろう、と考えると、
「やるからにはオリジナリティが欲しい」
というところに行きつきます。

つまり、ジャズはジャズで、もう完成形がいて、
ああいうロックはああいうロックで、完成形がいるので、
それ以上のものを作ろう、っていう気持ちになりにくい。

テクノやパーカッションアンサンブルにも、
もちろん完成形といっていいようなグループはいますが、
でも「まだ何かあるんじゃねえか」と思わされるものがある。
とりわけテクノは、完成形が「ものすごくシンプル」なので、
まだまだ遊ぶ余地がいろいろあるんじゃない?と思ったりする。
なので、やってみたいんじゃないかと。

―――――――――――――――――――――――

歌が入っている音楽をあんまり聞かないんですが、
歌があったとしても、「なるべく無意味な方がいい」という風に、
最近は考え方が変わってきまして。

よく言ってますが、ペルシャ語ラップって、
とことん意味がわからなくて、究極的に単なる「音」だから、いいんですよ。
ラップが好きだけど、ペルシャ語を勉強しようとあんまり思わないのは、
そのあたりにあって。

「音」だから、メッセージ性がない。
こちらに訴えかけてくるものが、実はない。
こっち側が勝手に解釈できる。

歌ものでも勝手に解釈しようと思えばできるんですが、
そこをひねくれて解釈するのも変な話ですし。

つまり、音楽に「解読性」があるというか、
SCRAP的にいうと、「ナゾトキ性」があるかどうか、
が大事なんじゃないですかね?

理解不能、まではいかないけれど、
「なんじゃこれは!なんじゃこれはー!!!」ってなるような音楽が、
けっこう好きですし、そういうものを作りたい。
不可解とか難解ではなく、「なんじゃこれは」ってなるような、
そういうキャッチー性を持ちつつ、なかなか理解できないような音がいい。

ゆえに、あんまりオープンすぎるというか、
「聞いて聞いて~」みたいな音楽っていうのは、
ちょっとなんか違和感がある。
「俺の話を聞いてくれ」というスタンスよりは
「ここで音楽を勝手にやってるのでよかったら聞いてくれ」という、
そういうぐらいのスタンスのほうが気持ちがよい。

けっこう昔は、音と人間が一心同体になるみたいな、
感情移入する聞き方をしていたんですが、
最近はどちらかというとクールに聴けるもの、
それでいてグルーヴ感のあるもの、というのを好んで聴いています。

―――――――――――――――――――――――

こういうことを考えた時に、
果たして楽器としてパーカッションがベストなのか、
というのは、最近ちょっと疑問に思うことがありまして。
むしろシンセサイザーとか、電子系に思いっきりかぶれた方がいいのでは、
という風にも、考えたりしています。

パーカッションは、それなりに上手い方です。
トルコとかのガチのパーカッショニストに比べるとまだまだですが。

じゃ、パーカッションを使って何かしたいのか、というと、
これが今のとこ、全然見えていなくてですね。
どういうバンドを組みたい、とか、全然ないんですよ。

あ、ごめん、それはウソで、あったわ。
あるけど、それも要するに電子系とパーカッションの組み合わせだったりするので、
バンドっていうよりはユニットといったほうがよい。

で、今のところそういう電子系の知り合いがほとんどいないので、
うーんどうしようかなあ、という気持ちであったりする。

電子系の知り合いってのはどうやったらできるんですかね。
そこが難しいと思うんですよ。

で、仮にできたとしても、それが合うかどうかっていうと、
これまた難しいですからね。
そう考えるとグループで音楽やってる人はすごいな。たまたま会ったやつが相性いいとかめったにないですよ。

ぜんぜん関係ないけど、音楽家の人間関係能力のすごさは一度研究してみたい。
どうやって仲間を見つけて、どうやってライブ会場を見つけるのか。
それが皆目分からない。なぜできるのか。

しかしまあ、ニワトリと卵みたいなもんで、
仲間があれば、自然とライブ会場を見つけようとするでしょうし、
逆にやりたいライブがあれば、仲間を見つけようとするでしょうしな。

―――――――――――――――――――――――

いまのところ、いわゆるビジョンがないというか、
やりたいライブみたいなのが、手持ちの材料ではできない状態で。

やりたいライブって考えると、
やっぱり自分が電子系の何かを使って何かをする、
という感じになるんですけどね。
電子系の技術がまだまだなので、それを伸ばさねばならない、というのと、
あと技術がついたからといって、どうやってライブができるんだろう、という。

あと、そもそも俺はライブがやりたいのか、というと、
実はそうでもないのかもしれなくて。
要するに音が作りたい、というだけかもしれないし。
音を作って、それの評価を聞きたい、それによって、より面白いものを作りたい、
というのがベースであって、ライブという形式には、
そこまでこだわりがないのかもなあ。

最近心の底から思うのは、「太鼓叩きたい!」ということよりも、
「曲づくりがしたい!」ということのほうだったりするしなあ。

音楽をやりたいかやりたくないかでいえば、それは断然やりたいんですが、
どういうやり方でやったらいいのか、ってのが、
今だいぶ迷走中ですね。
そしてできればこういうことを誰かと話したい。

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