とにかくハウスを聴いている

最近本当にハウスミュージックをひたすら聴いている。
いや、音楽の分類なんてあいまいなもので、
テクノとハウスの違いをいまだに僕は説明できないのだけど、
おそらくハウスミュージックを大量に聴いている。

きっかけは一冊の本である。

ブラック・マシン・ミュージック―ディスコ、ハウス、デトロイト・テクノ
野田 努
河出書房新社
売り上げランキング: 95,980

これも、もともとこの本を買おうと思って買ったわけじゃない。
最初に買おうと思ったのは、このドラムンベースの本だった。
「ドラムンベースの本があるなんて!」と驚き、即座に購入した。

ドラムンベース―終わりなき物語
マーティン ジェイムズ
ブルースインターアクションズ
売り上げランキング: 703,977

その関連図書として出てきたのが上記の『ブラック・マシン・ミュージック』であり、
マシンミュージックを制覇してやろうと思っていた僕は、
そいつも合わせて購入することにした。

いざ届くと、『ドラムンベース』のほうは、なんだかもったいなくて読めなかったので、
まずは『ブラック・マシン・ミュージック』を読んでからにしよう、と思ったのだ。

そうして読んでいるうちに、だんだんハウスミュージックが面白くなってきてしまった。
会社の通勤中に流す音楽は、今ではドラムンベースよりもハウスの方が多い。

ハウスミュージックは、非常にギリギリのところでグルーヴを提供している。
ドラムとベース、そしてシンセサイザーという必要最低限の要素で、グルーヴができあがっている。
ハウスミュージックを聴いたら、それはもう勝手に体が動いてしまうし、
逆にいえば体が動かないハウスミュージックなんてのはクソなのだろう。

テクノは、グルーヴィーである必要はない。
もちろん、グルーヴィーになったっていい。こんな風にね。

僕自身はあんまりクラブにも行かないし、クラブに行ったからといって踊るタイプじゃない。
静かに体を揺らしながら音楽を楽しむぐらいのレベルである。
けど「踊れるかどうか」は、おそらく僕にとって最重要要素のひとつだ。
音楽を「踊れるかどうか」で仕分けてしまってもいいぐらい。

ハウスミュージックは、すべからく踊れる。
しかも、意外な方法で。
聴いたことがない、わけのわからない組み合わせなのに、
なぜか踊れてしまうのだ。(これは厳密にはデトロイトテクノだけど)

僕にとって音楽の最重要要素のもうひとつは、
「意外」「新しい」「驚ける」ということなのかもしれない。

その「新しい」と「踊れる」の交差するところが、
ドラムンベースであり、ハウスミュージックだったのだ。

僕が最近、徐々に民族音楽に関心がなくなってしまっているのは、
その「新しい」というところが擦り切れてしまったのかもしれない。
民族音楽であんまり踊れるものってないし、アーティストも限られているから。
新しい曲が徐々に枯渇してしまう、そういう構造をかかえている。

もちろん単純にシンセサイザーやドラムマシンの音が好き、というのもあるけど、
それだったらサーランギやトンバクの音だって僕は好きである。

けど、もしかしたら僕らは、その「音が新しい」「音楽システムが西洋式じゃない」ということに
甘えてしまって、新しい音楽を作ることをサボってしまったのかもしれない。
ゆえに、新しい音楽が枯渇してしまった。

けど、そこで新しい音楽を作るとは、たぶんたとえばダブステップとシタールをコラボさせるとか、
そういうことじゃあないはずなんだ。
それはダブステップのお仲間に入れてくれといって傘下に入っているにすぎない。
それでちょっとは面白い音楽を作れるかもしれないけれど、
新しい音楽を作ったことにはならない。吸収合併されただけだ。

民族音楽のフレームの中で新しい音楽を作る。
フレームとは別に、ラーガとかイーカーアートとかドーリア旋法とかそういうことではない。
それをはみ出すことがあってもいいのかなと思うけれど、
はみ出したときに、それは民族音楽でいられるのか。
また、結果としてどこかに吸収合併されてることになりはしないのか。

「民族音楽で新しい音楽を作る」ということ自体、
けっこう馬鹿げているのかもしれない。
それは「法隆寺を新しく建てる」とか「古典文学をいまから書く」とかに近い試みだろう。
フレームからはみ出していて、それでいてフレームをきちんと押さえられているのか。
結構な無理難題に挑戦しているのかもしれない。

もちろん、音楽観として「別に新しくなくてもいいじゃん、いい音楽を繰り返しやっていけばいいんだよ」
というスタンスであれば、こういう悩みは全然ないのだと思う。
それはそれでなんかカッコいいと思うしね。悟りを開いたらそうなるのかもしれない。

ただ僕は、「新しくて」「踊れる」という観点からいくと、
どうしてもクラブミュージックのほうに可能性を感じてしまう。
これはもうずっとそうで、「新しくなければ価値はない」というのは、
子どもの頃からそう思っている。

新しい音楽を作りたいなあ。

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