やりたいことを考える方法を考える

やりたいことを考えるのもラクじゃない。

ということがようやくなんか理解できまして。

就活をしていた頃は、やりたいことが見つからないとき、
「いや、どっかにやりたいことがあるはずだから、
 それを見つける方法がうまくないだけだ」と思っていたんです。

けど、そうじゃなくて、もともと「やりたいこと」っていうのは、
もわっとした未完成の状態でしか人間の中に置かれていないんですね。
ということをなんとなく思って。

なので、それを「見つける」作業というよりは、
「完成させていく」作業なのかなあと思っていて。
そこである意味、「人為的に」やりたいことを作り出すことが必要だと。
「作り出す」というより、「削り出す」作業と言ってもいい。

やりたいことが明確になっていない状況ってのは、
「やりたいこと」も「やりたいわけでもないこと」も含めた、
「ゴツゴツしたただの岩」がある状況です。
そっから「やりたいわけでもないこと」を削り出したときに
「やりたいこと」が見えるという。そういうイメージです。

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「やりたいこと」っていっても、いろんなレベルがある。
コアとなるコンセプトだけ決まっていて、具体的に決まっていないもの。
あるいは、かなり具体的なレベルまで決まっていること。

前者は、例えば僕の場合、
「とにかく面白い音楽を聴きたい」という欲求があります。
それとセットで「面白い音楽を広めたい」という欲求があります。
けど、そのためにどういうことをやりたいかってのはまだ決まっていない。
そもそも「面白い音楽とは何か?」ってこともよくわからないし。

後者は、例えば「そろそろレコードがたまってきたので、
新しく無印良品のあのボックスを買ってレコードを整理したいなあ」
というのがそれにあたります。

両方とも不足しているものがあります。
前者は具体的な行動で、後者はコンセプト(と選択肢の比較)です。

前者。
「なんとなくこういうことをやりたい」だけでは、
結局いいチャンスが外からめぐってくるのを待つだけになってしまうので、
自分でその「やりたいこと」を前進させることができません。
そういう「コンセプトだけ決まっているもの」が、
自分の中の最も大きな欲望だったりするのに。

後者。
たとえば「無印良品のあのボックス」が本当にレコード整理に最適なのか。
レコード店が独自にオリジナルで出しているレコード整理箱とかではダメなのか。
あるいは、レコードがこれからも増えることを考えると、
いっそ不要なレコードを売るという選択肢はどうだろうか。
あるいは、本当にレコードじゃなきゃいけないのか。レコードを買う理由はなんだ。
などなど。
「無印良品のあのボックス」を買う目的に立ち返ってみる。手段を比較する。

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そんなレベルですら「やりたいこと」が出てこねえぜという人。

「やりたいこと」がないと困る状況でないのなら、
別になくてもいいのかもしれない。

そもそも、「やりたいこと」を見つけ、それの実現に向かって
精一杯努力するのが「よき人生だ」なんてのは、まあ一種のイデオロギーですからね。
そういう行動をしてきた人たちにとっては、
そういう行動をしなかった人はくだらない、つまらない人生として見えるのかもしれないけど、
そんなの知るか、ボケ、って言ってやればいいと思うよ。

最近、「意識高い本」をあえて集中的に読んでいるんだけども、
「あれ?でもそもそもこの本で描かれるような成功について、
 まったく食指が動かない人にとってこの本って完全に無意味じゃねえの?」
とは思ったりする。
年収150万円で僕らは自由に生きていく的な世界観の、
ほどほどのエネルギーでほどほどのものを得て生きていこう的な人にとっては、
そんなお説教はもうほとんど無意味なんだよ。

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話題はどんどんそれていくのだけど、
『「やりたいこと」を見つけ、それを実現するのがよき人生だイデオロギー』
はなぜ誕生したんだろうか?
いつ頃誕生したんだろうか?
誰が誕生させたんだろうか?
どうして流行ったんだろうか?
いつまで続くんだろうか?

たぶんそれはロマン主義ぐらいまで戻らないといけないような気がする。
いや、でもこれで学士論文の一本ぐらいは書けるね。
卒論のネタに困っている人がいたら是非調べてみてください。

そして、もしそんなイデオロギーにうんざりしているのであれば、
それとは別個の世界観を打ち立てないと、やっぱり生活していてつらいと思う。
『「やりたいこと」を見つけ、それを実現するのがよき人生だイデオロギー』の
圧力を感じつつ、特に「やりたいこと」を充実させないのは、精神的にストレスがかかるしね。

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現状、僕はそのイデオロギーに対抗するような世界観を打ち立てられるような気がしないし、
そのイデオロギーを批判するのであれば、やっぱり一度その世界観にどっぷり浸かってみて、
その内部から批判する必要があると思うので、「やりたいことをやる」方を選択するし、
多くの人にもそれをおすすめしたいと思う。
(独自の世界観を打ち立てている人は別として)

そして、しかもそれをアホかバカみたいに必死に追いかけるほうが、
やっぱりいいだろうから、とりあえずそれをやってみようかなあ、と思っている。
そうしてそのイデオロギーの是非をはっきりさせたい。

そう考えると、僕の一番大きな欲求というのは、
「よりよい世界観を見つけること」なのかもしれない。

世界観を見つけてどうするんだ?というと、
今度はそれを「広める」という方向に行くんじゃないかな。
となるとビジネス書を書くのか?わあ。なんてこった。

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