連続な世界、非連続な世界

NHKのテレビで『NEXT WORLD』という特集をやっている。
簡単にいうとビッグデータなどの技術が発達した未来で、
人々の生活はどうなるかという特集だ。

そこで紹介されていたのは、もう本当に雑にまとめると、
コンピュータでほとんどのことが予測できて、人間は何も考えなくていい、
みたいな世界観の紹介だったが、僕にとってそれはディストピアだった。
人間が何も考えなくていいとしたら、人間が生きる必要はないし、
それは完膚なきまでに意味を失った世界だろう。だれが死んでもたぶん困らない。

でも、本当にそうなのかなあ、という可能性をなんとか探ってみたくて、
ふと思いついたのが、「連続な世界」と「非連続な世界」というワードだった。

コンピュータがどうやって未来予測をするのかというと、
詳細なシステムはわからないけれど、過去の膨大なデータを読み込ませ、
どのような状況のときに何が発生しやすいか、その傾向を分析させ、
現在が過去のどのようなものに似ていて、ゆえにこれから何が起こる可能性が高いか判断する、
そういうプログラムでできていると考えられる。

その賢いプログラム自身すらも気づかないうちに、そのプログラムに埋め込まれている
「前提」というのがあると思った。
それは、「未来は過去の延長である」という考え方だ。

過去を膨大に集積していけば、未来を予測することができる、というのは、
要するに、未来と過去が類似しているからこそ成立する考え方だ。

けど、もし未来が過去にまったく似ていないとすれば、
過去を膨大に集積したところで未来を予測できるのだろうか?

毎日というのは、良かれ悪かれ似たようなことの繰り返しだから、
ある意味でほとんど連続しているともいえる。
たぶん、日常生活のほとんどは、そのプログラムを使えば予測できるのだろうし、
そのプログラムはある程度まで実際役に立ってくれるのだと思う。

けど、たとえばたまたま街で耳にしてしまったあるジャズの曲がきっかけで
ジャズに傾倒してしまい、医大生が道を踏み外してミュージシャンになってしまうみたいなことを、
そのプログラムは予測できるのだろうか?

そういう「突如意味の分からない変化のしかたをする」ものについては、
もしかしたらプログラムというのは無力なんじゃないかなあ、と思った。

これを「非連続な世界」と呼ぶとすれば、
プログラムは「連続な世界」については圧倒的な優位性を誇るが、
「非連続な世界」については、なんら力を発揮しえないのではないか、と思う。

そういう「非連続な世界」が本当に存在するのか、という議論ももちろんある。
僕はあると思う。あると信じたい、のかもしれないけれど。

そしてもし、未来の世界に少しでも「人間くささ」を残したいのであれば、
「非連続な世界」に属する要素を増やすことが重要になってくるだろう。

まあ、もし「非連続なこと」ができるプログラムができたらどうするのか、
ということもあるのだけど、それはまたできてしまったときに考えよう。

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