音楽メディアとビジネスについて考える

音楽とメディアの歴史を雑に辿ってみる。
こちらが大いに参考になりました。
http://www2.hannan-u.ac.jp/~ida/2001soturon/miyamoto.pdf
http://gigazine.net/news/20110829_music_industry_change/

大雑把に言うと、音楽メディア(記録媒体)の歴史って

リアル

レコード(1920-1988ぐらい)

テープ(1980-2000ぐらい)

CD(1983-Now)

mp3などのデータ(2004-Now)

となっています。
また、記録媒体ではなく「出会う場所」でいうと



コンサートホール

ラジオ・映画

テレビ

インターネット

というようになってきている。
これも極度に雑なので実際はクラブとかカラオケとかもあるわけですが。

音楽が「それを記録されたメディアを売る」というフェーズになった時に、
「じゃあそのメディアのコストを下げよう」という方向にインセンティブが向くのは当然なわけで、
より安価で作れるメディア、より大量に作れるメディアという方向に技術革新が進んできた。
そしてとうとう一番安いもの、つまりデータそのものになった。
と同時にデータそのものは本当にCtrl+CとCtrl+Pで作れるから、
逆説的にその「データを売る」というビジネスモデルが成り立ちづらくなってきた。
いや、成り立ってはいますよ。成り立ってはいるけれど厳しくなってきた。

僕も音楽の7割ぐらいはYouTubeで聞いているし、
YouTubeにしかない音源みたいなのもあったりして(特にライブ音源とか)、
最近でこそ時々iTunesで音源を買うようになりましたが、それは「お布施」として買っています。
募金みたいな意識で金を払っている。その音源自体に実は大して意味はない。

と同時に、この「インターネット」というフェーズになってきて、
逆説的に「レコード」に日が当たるようになったのはなんでなのか。これも興味深い。
アナログだから音質が違う、とか、モノとしての所有感がある、とか、そういう理由付けはできるけれど、
本当にそれが本質なのか。そうなのか?あるいは一部の好事家だけが買っているのか?

そして音楽が記録できるという性質を持ったからこそ成立する音楽家、というのも出てきた。
ヒップホップは記録媒体なしには存在しなかったし、DJに至ってはもう意味がわからない。
いや、好きなDJはいるしたまにクラブイベントに行きますけれど、
音楽をかけるだけで金をもらえるというのは今になっても意味がわからないんですよ。

なんなんだ?ってことですよ。
音楽ビジネスはなぜ成立しているのか実はよくわからない。
この状況をトータルに理解している人は実は誰もいないんじゃないか。いたら教えてくれ。講義してくれ。

音源の数が莫大に増えることによって、
ものすごい離れた場所のものすごい古い音源とかにも出会えるようになって(エチオピア70年代音楽がまさにそれ)
僕個人としてはこの時代に生まれてよかったなあと思うんですが、
音楽と人が出会いづらいという状況も生まれている。
いや、どうなんだろう?昔は昔で、決まった音楽を聞くしかなかったから、
それをいいと思い込んで聞くとか、あるいはその音楽の中に面白さを見出す能力がついていたのだろうか?

音楽を薦めるためのメディア、というところで、僕は一番サブスクリプションサービスに期待しているのだけど、
どのぐらい伸びていくんだろうか。
たとえば世界中の人間がサブスクリプションサービスでしか音楽を聞かないとなったら、
ありえないほどの莫大な量の音楽聴取データが獲得できるわけで、
そのデータは多分よだれが出るほど面白いと思う。面白すぎて死人が出ると思う。

あと、サブスクリプションサービスに登録している曲が聞かれた場合、そのお金はどういう風に払われるんだろうか。
たとえば月額2000円払っていて、結局決まった10曲ぐらいしか聞かない人もいると思うし、
1000曲ぐらい聞く人もいるかもしれない。
その場合10曲聴く人のお金は200円ずつ分配されるのか?1000曲聴く場合は2円ずつしか分配されないのか?
まあそんなことはなくて多分1再生あたりいくらみたいなモデルなのだろうと思うけど、
その金額はどのように決められるのだろうか。
1人あたりの1ヶ月あたりの再生数ってのは、平均したら多分そんなに変動しないだろうから、
それの平均を考慮してお金を決めているのだろうか。

あるいは実は全然音楽家には還元されていなくて、
要は著作権を持ってる会社に丸ごとポーンと支払っているだけなのだろうか。
それもちょっと理不尽だからそんなことはなさそうだけど。でもあり得るかもしれない。

あとよく考えると、サブスクリプションサービスであれ、あるいはYouTubeであれ、
「音源」自体にはお金が発生していない。「再生」自体にお金が発生している。
これは一周まわって「ライブ」に近いと思う。ライブも「再生」にお金を払っている。
AKBのCDにしても「音源」自体には価値がない。なんならYouTubeの方が映像つきで観れるからコンテンツとしてはリッチ。

大きな流れとしては「音源」自体のコストダウンが下がり続けた結果、
そもそも「音源」自体に価値がなくなるという流れになっている、ということは言えそうだ。

ーーー

全然関係ないけど「スポーツ」はどこからお金が発生しているんだろう。
入場料、放映権料、スポンサー権料、グッズ販売、が4大収入らしい。
このうち「放映権料」と「スポンサー権料」は一般の人が支払うものではない。
「入場料」と「グッズ販売」は一般の人が支払う。

それぞれの4大収入の割合がどのぐらいなのか、というグラフはちょっと出てこなかったけど、
仮にこれが25%ずつだったとしても、半分は放映権料とスポンサー権料なので、
スポーツはよくよく考えるとBtoBビジネスなのかもしれない。

それと比較すると音楽はBtoCビジネスっぽいなと思うので、
これがもうちょっとBtoBビジネスになると違ってくるのかな。
あるいは実は結構BtoBビジネスなんだろうか。

あとは、音楽と比較した時の特徴として、スポーツは記録媒体を売らない。
結果が分かっている試合の録画ビデオは別に売れないと思う。
いや、買う人もいるかもしれないけど、稀だろう。

映画は記録媒体を売るか。売るね。
本は記録媒体でしかない。アプリは記録媒体というか、なんなんだろう。仕組みそのもの?

ーーー

結局俺は何を考えたいんだっけ?
というと、要は音源自体に価値がなくなってきている現代において、
音楽ビジネスがどういう形であれば音楽家が存続できるのか、ということです。
別に存続はしてるんだけど。まあだからほっといてもなんかサバイブする道を見つけるのかもしれませんが。

根底にあるのは俺はもっと面白い音楽を聴きたい、ということで、
別にまあそれだけであればYouTubeとかでおもしろ音源を漁っていればいいんですが、
それをやっぱり多くの人と共有したいというのもあるんです。
で、僕が心底好きになった音源は、これはヤバい、これは全人類が聞いてもいい、
普遍的な魅力がある、と(勘違いかもしれませんが)確信してしまっているので、
これを聴いてくれよ、と言いたい。もっと世の中には面白い音楽があるぞと言いたい。それだけかもしれない。
文章にするとなんかとても上から目線だなこれ。そういうことではないんだけど。
面白い音楽を共有できる環境が作りたいのかな。
僕自身も共有したいし、逆に共有されたい。
ただ共有されるという立場を考えると、何かしらその人と音楽の趣味が合っている必要がある。その難しさはある。
聴取データとそれによるレコメンデーションサービスはその解決策となるのでは?と考えているけれど、なるのかな。
音楽が共有され、かつ音楽家に還元されるような仕組みができたら、それはもっとも良いことだと思う。

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